【ディプロマ便り】花に捧げる情熱
「お店に対する想い。やっぱり情熱だよね。お店を作る人の情熱って伝わるから。絶対伝わるから。」
あっという間の8時間。
この日お会いして別れるまで、途切れることなく会話をし続けました。その間 胸に刺さった言葉がいくつもあったけれど、この言葉だけは別れた後もシンプルに私の心に響いていました。
博多駅から新幹線に飛び乗り、東に進むことおよそ1時間半。
乗車前に買った駅弁を優雅に楽しむ間もなくたどり着いたその駅は、広島県「福山駅」。こんなに近かったんだ…
ホームに降り立つと目の前にはでんっ!と白いお城。見慣れないその光景に好奇心を掻き立てられながら階段を降りると、改札の向こうで手を降る女性の姿。
松井美由紀さん。広島県福山市で「アトリエかざ華」を営んでいらっしゃいます。
昨年末に福岡本店へ遊びに来てくださった際、年明けの再会を約束したのですが、コロナ禍で延期さらに延期となり、ようやく再会することができました。
心の赴くままに
開業されて3年ですか。
「そう、ちょうど4月で3年。」
店舗は地元の人が昔から使っているメイン通り沿いにあり、人通りも車通りも多い場所。
表から見たら園芸屋さん。でも中に入るとおしゃれなインテリアショップみたいだ。
松井さんがお店をはじめたのはおいくつの頃ですか?
「60歳ちょうどね。」
60という節目みたいなものはあったのですか?
「ないない!私はね、51〜52歳くらいで何か自分でしたいなとは思っていて。それで色々探っていたけど、56〜57歳くらいでやっぱり見つからないなって。でももし仮に何か見つけられた時のために、お金は貯めておこうと思ったの。お金と知識は荷物にならないから、いくら持っててもいいなと思って。」
ブリコラージュフラワーにたどり着くまでに、どのようなことを試されたんですか?
「ネイルを勉強したり化粧のことを勉強したり。身近にすぐできるようなことに色々手を出してみたけれど、楽しくなかったね。まずはそこよね。」
「それである日ね、よく行くケーキ屋さんにいつもウォールバスケットが作って飾ってあるんだけど。ブリコラージュフラワーを知らない頃ね。あぁかわいいな〜どうやって作るん?作れるかもしれん!と思って作ってみたけど全然違って。全然ダメで。すぐネットで調べてどのお花が好き?って思った時に先生のお花だったから、それでもう次の日には華もみじに電話した。」
一歩一歩、前へ。
華もみじでディプロマレッスンを受講し、早い段階で花屋を開こうと決意した松井さん。
開業してから3年。この春からはディプロマレッスンを始動されます。
「計画があったんですよ。1年目は、とにかく福山にギャザリングもないから、どういう認識なんだろうと。市場とか他の花屋さんを探りました。2年目は仕入れのことをきちんとしようと。3年目からはどういう営業方法でいこうかと練って、ドン!といこうと思ってたんです。」
「だってお店を開けたら絶対儲かるよとか、お客さん来るよとか、レッスンが入るよなんて、そんな甘い考えでいたらドッカーン!になるじゃないですか。誰も来なかった、今日一人もいなかったって。ポット一つでも買ってくれたらいいのに、とか思うようになってきたら今度ね、気持ちが下がるんですよ。もう顔とか態度に全部出ちゃうの。」
「仕事で面白くなかったら、家の中でも家族に対してもイヤになるじゃないですか。仕事でワクワクするような感じにしないと自分もイヤだし、お客様に対してもいい顔ができくなってくるから、やっぱり一個一個 確実に積み上げていった方が自分にはいいかなと思った。」
1年、また1年と計画を立て着実にお店を成長させてきた。
不安になる気持ちも当然のことと捉え、決して焦らず、冷静に歩みを進めてきたのだろう。
「今は福山の人に対しての調査だからね、だからこれくらいでいい。これくらいの仕入れでもいいよ、と。どこでお花買ってるの?とか、どんなのが好きなの?とか、そういう対話をお客様とすること。焦って売ろう売ろうとするとお客様は絶対引いてしまうから、まずはお客様との会話を広げてリサーチする年。」
お客様を知るということですね。
「やっぱり福山と大阪と福岡と、好まれる花が違うんですよ。福岡ですごく人気でもここではなにこれ?ってなったり。山の方か海の方かでも違うんです。環境が変われば。だからどんなのかな?っていうところを探る。それで、2年目がそれに対する仕入れをして。3年目は…という計画だったんだけど、コロナで大どんでん返しになって。」
「じゃあ4年目の夏くらいから配信しようと思って。コロナでもお客さんが三原の方とか遠くから来られるんですよ。それでいいかもなと思って、配信を真似してはじめた。」
配信をはじめてからというもの、お客様の広がり以上に感じるのは、それまで買いに来てくださっていたお客様が配信を見たことで話が広がり、レッスンにも興味を持ってくれたことだといいます。
つまりは人間力
福山にはブリコラージュフラワーのお店がまだほとんどないんですね。
「お店を出すなら華もみじに近い方がいいと思う。例を挙げると、農協のスーパーができたのね。そしたらみんなその近くに店を作る。すると相乗効果があって。そこに行けば全てが揃う。選ぶのは人。」
つまりはどういうことですか?
「例えばセブンイレブンが3つ並んでいても、その中で買うところってだいたい決めてるじゃない?なぜかといったら「あ、松井さんおはよ!」って言ってくれるから。単純なことなの。そこに行ってその人が気持ちのいい場所だから買うの。こっちのセブンイレブンは気持ちのいい場所じゃないから買わない。」
同じ業種の店が集まっている中でも自分さえ頑張れば、ということですか。
「自分がそのお客様により添えることができたら、そのお客様が気持ちがいい。デパートがそうでしょ。洋服屋さんがあんなに並んでいても私このブランドで買うってあるでしょ。実はブランドじゃないんですよ。そこの顔は見えないけど人なんですよ。その人の店に行くってこと。その人に向かっていけるようにしたらいいだけ。お客様を取り合うんじゃなくて、自分に向けるような営業方法でその人に接してあげればいいだけです。取り合いじゃない。」
「お店がダーっと並んでいたとして、いつかはどこかが潰れるわけですよ。一方でどこかが大きくなるんです。だから潰れたお店はそれなりにお客様に沿っていなかった。自分が売ろうと思うものを突きつけていたとか、いろんな理由があって潰れる。でも、ここのお店はお客様に沿っていて、「あ、ピンク好きだったよね!いいの入ったよ!」という風にひと言かけてあげるだけで「私を見てくれてるんだ!私がピンク好きだから。」と感じてもらえるかどうかですよね。」
結局は、周りにお店がなく競合がいない中にポツンと一軒お店を出したところでお客様が来てくれるとも限らないし、お客様に寄り添えていれば、どこに出しても来てくれるということなんですね。
思考の転換
いつの間にやら、松井さんによる『花屋開業セミナー』に参加している気分の私。
ちょっとばかりのお茶菓子しか持って来なかったことを後悔しつつ、「うんうん、そうだよな。」と感心するばかり。
「ハボタンリースの時はすごくお客様が来るのよ。でもそのあと全然来ないのよ。そうなるから、それは分かってする。でないと、そうなった時にすごく落ち込んでしまうから。」
「この1月2月が落ち込むなら、じゃあ何をそこで考えようかにすればいいのよ。1月はインスタをもうちょっとボリュームアップできるようにちょっと勉強してみようかな、2月はこのお花が来るからこんな風にしてみようかな、という風に。」
「ある程度理解することによって自分の気持ちが落ち着くから、お客様に対する表情とか全然変わってくる。今日は何曜日だからお客様は少ない。今日はいいお天気でみんな外に出ていくだろうから、買いに来る方は誰にも誘ってもらえないおばちゃんとか。若い人は来ないなって。」
続けていれば分かってくるのでしょうね。この場所での傾向が。
「そうそう。そう理解していれば焦ることもないし。だから精神的に自分が落ち着く方法をすごく考えていった方がいいよ。でないと変に焦って、変に物を買ってしまうから。焦らない方がいいよ。」
思考の転換でうまく自分を切り替えて、プラスの方向に進んでいく。
できるようでなかなかできないこと。松井さんの思考はいつもポジティブだ。
商売をするということ
長年税理士事務所で働きながら、たくさんの成功や失敗を見てきた松井さん。その経験から、お店を営む上で大切なことを教えてくださいました。
「趣味ではじめて商売に切り替わった時をきちんと。これは人様からお金をもらう仕事。昔から人の懐に手を突っ込んで、グルグル回して金目のものだけを取っていくのが商売なんですよね。」
「でもそれは泥棒だから、向こうからお金をあげます、となるのがこれからの商売だと思う。これだけの価値があるものを買いますというね。人様からお金がもらえますか?これが商品ですか?ということを常に自分の中で問いながら提供していける、というのが商売だと思うんです。」
「こんなんでもええわ、みたいな感じでお金をもらっていたら、結局先細りになるのは目に見えている。やはり人様がこんな価値のあるものだからお金を出しますと言えるような。こちらもこれは価値があります、これは大事なものです、と言えるものを提供してほしいし、これからお店を持つ方々にはそういう気持ちを持ってもらいたいですね。」
心地よい関係性
お店でお話をしていると、慣れた様子で若い男性がひとり入ってきた。
息子の宏樹さん。たまにお店の手伝いをしてくれているといいます。
普段はどんなお母さんですか?
「普段もあんな感じではあるんですけど、僕が最初びっくりしたのは、お客様との距離近くない!?と。グイグイいくわけではないけれど友達感覚ですよね。お客様の年齢層ももちろん若すぎるとかじゃないから、実際それがいいところなんだなと思います。向こうもすぐ友達感覚になって、どうなの?こうなの?って感じで質問をしてくれるので、雰囲気がいいですよね。」
その関係性を作るのが上手ですよね。
「そうですね。僕はあまり花の知識やレッスンもやっていないのでわからないですけど、真似はできないなと思います。バイタリティが違うというか、情熱と体力が全然違うので。もちろんわざとじゃないけど、友達感覚というかそういうお店にしたいという想いが伝わりますよね。一緒にやっていて。」
話の途中で松井さんが接客を終えて部屋に入ってきた。
宏樹さんがもしかすると照れて話を切り上げてしまうのではと不安がよぎったけれど、そんな不安はよそに母への思いを語ってくれた姿に、母と息子の心地よい関係性を見ることができた。
「すごいお高い鼻につく花屋さんじゃなくて、そういう花って面白いものだよね、綺麗なものだよねっていうのをみんなと共有したいな、というのがわかるような行動をされているので、僕もそうつられちゃいますよね。」
ちなみに伺ったこの日は店休日だったけれど、明かりをつけていたらひっきりなしにお客様が来店されていました。
友達感覚。松井さんならではの友達感覚が、この地の人たちの心を引き寄せているようでした。
花のある人生の豊かさ
松井さんが一番大切にしていることは何ですか?
「やっぱり自分がワクワクするというものに出逢えたので、お花でワクワクしてもらえるようになることを一番に伝えていきたいと思いますね。お花自体かわいいから、かわいいものができるに決まっているんですよね。だけど、そこで自分が手を汚して泥だらけにして、根鉢を取って組み上げていく。その楽しさというものを伝えていけたらいいと思います。」
「これからはどんどん歳いった方でもスマホでお買い物ができる。全部スマホでできる世の中になっていくとやっぱり寂しいものになっていく。どうしても心が欲しがると思うし、お花は絶対欠かせないものになってくると思うから、その中で自分の心を豊かにしてもらえるものが、お花もあるよということを伝えていきたいな。」
『花のある人生の豊かさを伝えます』
これが、アトリエかざ華の行動理念。
「自分自身がどんな風になりたいか、どういうものをお客様に見せていくか、提供できるかということを深く考えて商売されることが大事かなと思う。まずそれがないと、ただ単に花を右から左に売ればいい、ただお花を仕入れたものを売れますというのでは、結局商売にしても先細りになってくる。あとは、どれだけお客様に沿うことができるかっていうところが大事になってくると思う。」
松井さんのことを「お母さん」と呼ぶ人は多い。
今回の取材で松井さんが皆から「お母さん」と呼ばれる理由が少し分かった気がします。
そしてまた、これまで地名しか知らない、私にとっては何でもなかったこの街が、また訪れたい街になりました。
松井さんのお花や言葉に込められた想いや情熱は、福山に留まらずたくさんの人に伝播し続けていくだろうと感じました。
(つうしん部 よっしー)
『アトリエかざ華』さんでは店頭にて寄せ植えの販売や各種レッスンのほか、オンラインストアもございます。
ぜひ覗いてみてくださいね♪住所/〒721-0974 広島県福山市東深津町1-9-61
電話番号/084-999-0320
オンラインストア/https://atelier-kazahana.stores.jp/
Instagram/atelier.kazahana